2007年11月 8日 (木)

日本人がおかしい

最近のニュースを見ていると、本当に節操の無い事件ばかりです。昔の日本には「お天道様が見ている」という言葉がありました。

他人の目があろうとなかろうと、自制心で正しい事を行うという事ですが、いまや死語となりつつあります。発展途上国に比べて物が溢れかえっている日本ですが、心はどちらの方が満たされているのでしょうか?

私はいつも自分自身に「足るを知る」という事を言い聞かせております。

京セラ会長の稲盛和夫氏の素晴らしい言葉がありましたので、引用させていただきます。


かつて日本の社会のいたるところに、上質な人間がいました。
たとえ経済的に豊かではなくても高邁に振る舞い、上に媚びず下には謙虚に接し、自己主張することもなく、他に善かれかしと思いやる――そんな美徳を持った日本人がたくさんいました。
また、そのような人々によって構成されていた集団も、おのずから高い品格を備えていました。
たとえば、ものづくりの現場には、自分がつくった製品でお客様に喜んでいただけることを誇りに思い、品質管理を強制されずとも、自分が手がけた製品の品質や出来映えに、万全の注意と細心の心配りを払い、手の切れるような上質の製品をつくる人々が存在しました。
それは、商品を売る店頭でも同様でした。駆け出しの店員であろうと、一生懸命にお客様の身になって尽くしました。その上質のサービスも決して上司にいわれたからではなく、またマニュアルに書いてあるからでもなく、もちろん売らんがためでもなく、思いやりに満ちた優しい心から自然に発露してくるものでした。
日本の企業が、そのような上質の人間に支えられていたからこそ、今日の日本経済の発展があるのだと思います。
ところが近年、世の中を見渡せば、以前にはとても考えられなかったような、ひどい出来事が続いています。
たとえば、それは食品偽装事件やリコール隠し、また粉飾決算やインサイダー取引に見られる、企業の社会的意義が根本から問われるような、不祥事の数々です。
官庁でも同様です。談合から裏金づくりまで、公僕として民に貢献すべき人たちの情けない事実が次々とを露わになっています。
家庭でも、「親殺し」、あるいは「子殺し」といった、人間としての尊厳を真っ向から否定するような、悲惨な事件が続いています。
新聞を繰るたび、そのような報道に接し、「一体、この国はどうなっていくのだろうか」と暗然とした思いにとらわれるのは、私だけではないはずです。
私は、そうした社会の現象もすべて、日本人の質的低下がもたらせたものだと考えています。
戦後60年、日本人は廃虚の中から敢然と立ち上がり、奇跡的な経済発展を成し遂げました。
その結果、確かに物質的には豊かさを得ましたが、逆に精神的な豊かさを急速に失いつつあるのではないでしょうか。
この進みゆく心の荒廃こそが、日本人をして、その質が劣化してしまったように見せるのです。また、現代の日本社会に混迷と混乱をもたらしている真因なのです。
古今東西の歴史をひもとけば、国家は隆盛と没落を繰り返しています。
国民が真摯に努力を重ねることで、国家が成長発展を遂げると、やがて国民が慢心し驕り高ぶるようになり、国家が没落するということを繰り返しているのです。
それは国民の心の様相と一致しています。
いまこそ、日本人ひとり一人が、精神的豊かさ、つまり美しく上質な心をいかにして取り戻すかを
考えなければなりません。
年齢を問わず、すべての日本人が改めてその品格、品性を高めることができれば、日本は世界に誇る上質な国民が住む国として、再び胸を張れるようになるはずです。
私は、それこそが、真の日本再生であると考えています。
そのようなことを思うとき、かつて、とびきり美しく温かい心を持った、ひとりの上質な日本人がいたことを思い起こすのです。
それは西郷隆盛です。西郷の生き方、考え方こそが、日本人が本来持っていた「美しさ」「上質さ」を想起させるのです。私が「尊敬する人物、理想とする人物は?」と問われたときも、すぐに頭に思い浮かぶのは、西郷です。(稲盛和夫『人生の王道 西郷南洲の教えに学ぶ』1114ページより抜粋)

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2007年4月11日 (水)

石川県の震災に思う

先日の石川県で起きた地震に被災された方々には心よりお見舞い申し上げます。阪神大震災もそうでしたが、元々地震が少ない地域だったそうですので、いつわが身に同じ状況が降りかかるかと不安になります。

避難所暮らしも長くなると、健康上様々な問題が起きてくるようです。寝不足やストレスは健康の大敵ですので、1日も早い復旧をお祈り申し上げます。

日本人のモラル低下が叫ばれていますが、今回も火事場泥棒のような行為が出ているようで、情けなく、悲しくなります。アメリカなどではもっと激しい略奪や暴動が起こりますので、それに比べればまだましという意見もありますが、やはりあってはいけない行為です。

震災の片付けに便乗して、今は回収が有料化されている粗大ごみなどの不法投棄もされているようですし、援助という名目で、家庭でも不要になったような古い毛布や古着などが送られてきて、かえって現場の混乱を招いているようです。

メディアでも報道でもあっていましたが、ボランティアに駆けつけていただくのは非常にありがたいのですが、ある程度経験や知識がないと、結局何もできないそうです。善意は非常にありがたいのですが、そのあたりを考慮いただければという事でした。ボランティアの難しさを感じます。

現代の日本人は宗教色が非常に薄くなっています。神社に初詣に行って、クリスマスをお祝いして、仏式でお葬式をあげてというのは日常茶飯事だと思います。

神を常に意識していればそれが絶対的な正義であり、物事の判断は常に神を基準にしますので、ある程度のモラルが保たれます。(とはいうものの、歴史上の悲惨な戦争のほとんどが宗教がらみというのも事実であり、宗教に準じるあまり、かえって残忍な行為を平気で行ってしまうというケースもありますが)

日本には「お天道様が見ている」という言葉がありました。自分の行為の善悪を判断する時に、他人の目を気にするのではなく、社会規範や倫理観を基準にすると言い換えてもいいでしょう。

その様な意識を常に持っていれば、全てとは言いませんが、社会はより良い方向に向かって行くと思われます。少なくとも第2次世界大戦より前の日本人には今よりもはるかに高い倫理観が一般庶民に至るまで浸透していたと思われます。諸外国の人々が日本にやってきて、一様に驚いたと記録にもたくさん残っています。

物質的には世界でも有数の裕福な国となって日本人ですが、いったい何を得て、その分何を失ってしまったのでしょうか?私の様な若造が論じるのはまだまだ早いのかもしれませんが、連日報道される信じられないような事件を目にすると、ここは日本ではなくアメリカなのかと錯覚さえしてしまいます。

私も3人の子供をもつ親として、少なくとも自分の子供たちは最低でもしっかりした倫理観を持たせて成長させたいと思っています。子供は親の背中を見て育つと言いますので、そのためにはまず自分の姿勢を正す事だと自分に言い聞かせています。人の目を気にしない、しっかりとした芯を持った人間に自分もなりたいし、子供もそう成長してもらいたいと思います。

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2006年2月14日 (火)

院長日記10

先週の土日の連休を利用して、韓国の釜山に行ってきました。私も熊本市歯科医師会の役員をしており、その3年の任期がこの3月で終わるため、その慰労を兼ねての旅行でした。

釜山はご存知の通り、韓国の南端にあるソウルに続く第二の都市で、人工は4百万だそうです。九州は飛行機の他に船で行く事ができます。特に今回使用した高速船を使うと、博多港から釜山港まで2時間55分で行く事ができます。飛行機と違って手荷物検査などもそこまで厳しくなく、割と気軽に行けるという感触でした。

私は前の日から博多に泊って(仕事が終わってから向かいましたので、ホテルに着いたのは夜の11時前でしたが)名物の「もつ鍋」と焼酎で前夜祭で盛り上がりました。

当日は、9時出航の「コビー」という船で向かいました。実は、数日前に同じ船がクジラにぶつかって、航行不能になるという事故がありましたので、内心ひやひやでした。対馬の近くにさしかかった時、船が衝撃とともに急停止したので、「ゲッ!本当にクジラに当たった。しゃれにならん」と思ったのですが、さいわい当たる寸前で停止したようで、船内アナウンスで説明があった後、無事出発しました。時速80kmくらいで航行するので、クジラもよけきれない事があるようです。そのため5分ほど遅れましたが、なんとか釜山港に着きました。

この船は水中翼船なので、航行中は船体が海面から浮き上がっているため、ほとんど揺れないのですが、それでも船に弱い方は気分が悪くなるようでした。私は日頃魚釣りでもっと激しい波と格闘しておりますので、何ともありませんでした。ビデオで「世界の中心で愛を叫ぶ」がずっと流れていて、私はじっくり見たのが初めてだったのですが、何度も涙ウルウルになってしまい、プサンについたときは、恥ずかしながら目が腫れていました。こう見えても(見えませんが、けっこうごつい体格です)実は涙もろい方です。

簡単な入国手続きの後、晴れて釜山の地に降り立ちました。現地で使うため、円をウォンに変えなければいけません。6年程前になりますが、医院の慰安旅行で行った事があるのですが、そのときは100ウオンが10円でしたが、今回は8円で、円が少々弱くなっていました。港に銀行があり、そこで両替できるのですが、怪しげなおじさんやおばさんが寄って来て、レートのよい両替を持ちかけてきます。実際、確かに銀行よりも多少レートが良く、別にぼられる訳ではありませんので、いっしょに行った先生方も何名かは建物の影で両替されていました。

釜山はPUSANでしたが、今はBUSANに統一されたそうで、今度から「ブサン」と呼ぶのが正式です。以前来た時は、町全体が雑多な感じで、走っている車も結構ぼこぼこのものが多く、活気はあるものの日本からするとまだまだ(韓国出身の方がいらっしゃいましたらすいません。私のただの感想です)という感じでしたが、今回は道路や町も整備され、高層ビルも立ち並び、走っている車も新しいものばかりで、正直ビックリしました。

聞くところによると昨年、なんとか会議(時事に疎くてすいません)が行なわれたそうで、小泉首相、ブッシュ大統領をはじめ、各国の首脳が一堂に会したそうで、国際会議場も作られていました。日本でも、国体や大きなイベントが開催されると道路や設備が整備されますが、似たようなものでしょう。

昼食はおきまりの「ビビンバ」でした。鉄の箸はどうも重くてすべりやすく、使いにくかったです。でも味はグッド。美味しく完食しました。旅行の醍醐味は朝からお酒が飲める事で(アル中みたいですね)、行きの船から既にビールを飲んでいました。今回覚えた唯一の韓国語は「メッチュ ジュセヨ」(ビール下さい)でした。韓国はお皿を持って食べるのは、行儀が悪いそうです。隣国なのに、文化の違いを感じました。食事には必ずキムチがつきます。食べると、またがばっと追加してくれるので、さしずめキムチのわんこそば状態で、ビールがどんどん進んでしまいます。

韓国は当然ですが看板をはじめ、全てがハングル文字ですので、全く想像がつきません。中国や台湾などは、漢字ですので何とか想像がつきますが、ハングルはお手上げ状態です。前回行った時も思いましたが、運転がものすごく荒いです。割り込みガンガン、クラクション鳴らしまくりで、日本でも荒いといわれるいくつかの都市も及ばないでしょう。左ハンドル、右側通行ですので、乗っていても何となく違和感を感じます。

話はまだまだ序盤なのですが、長くなりますので続きは次回また書きます。

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2005年12月16日 (金)

口元を美しく見せるスマイルライン

寒い日々が続いております。おかげで、診療所は閑古鳥が鳴いており、大掃除がどんどん進むという、笑うに笑えない状況です。週末にはさらに強烈な寒気団が日本列島を覆うとか。さてさてどうなるのでしょう。年が越せません。

さて、前回前歯についてお話いたしました。もう少し補足していきたいと思います。

我々が前歯を大がかりに治療する時は、その形や色を自由に設定できますので、(入れ歯を含む)その時の基準はどこに取るのでしょうか。ある程度平均値と言うものは存在しますので、それを基に作っていくのですが、最終的にはお口の中で仮合わせをします。これを、専門的には「試適」と呼びます。

7,8割くらい仕上げたものを、実際に患者様のお口の中に入れて、手鏡を見ていただきながら、ああでもない、こうでもないと話し合って作り上げていきます。もちろん、その前に私が見て、明らかにおかしい場合はまず修正をします。

ここで特徴的なのは、男性と女性の違いです。男性の場合はほとんどの方が、鏡をチラッと見て「いいよ」とか「先生に任せる」といったニュアンスの答えを返されます。これは、関心がないというよりは、多分恥ずかしさの裏返しなのではと思っております。今の若い人は違うかもしれませんが、私も含めてある程度の年齢以上の男性は、例えば洋服などを選ぶ場合も、何着も試着してどれが似合うかと時間をかけて思案するのが苦手です。よっぽど自分がかっこいいと思われている方は別かもしれませんが、私など、どれを着ても大差はなく、あれこれ選んでいる自分が恥ずかしくなるので、1,2着見たらそれを買ってしまいます。ちなみに私は自分で自分の服を買ったことがほとんど無く、試着も嫌がるので家内泣かせです。

対して女性は、やはり美に対する執着が違います。鏡を渡すと、前から、横から、上下からと色々な角度でチェックされます。ですから、男性の場合は横についてこちらがある程度誘導しながらお聞きしますが、女性の場合はしばらくそのままほっておいて、他の方の治療をしています。そして、一段落して鏡を膝の上におかれたら、初めて声をかけます。それから、ああでもないこうでもないと、希望をお聞きしながら修正していきます。

ここで我々が気をつける事は、我々が思っている美しさと患者様ご自身が描いている美しさにズレがある場合があると言う事です。我々は、どうしても平均的に作っていく習性があります。もちろんそれで満足される方もたくさんいらっしゃるのですが、例えば元々少し出っ歯だった方は、こちらが気を利かせて少し引っ込めて作ると、自分らしくないと否定される場合があります。また、あまりきれいに並んでいると、いかにも作り物のように見えるからと、わざと多少歯並びを乱れさせて作る場合もあります。

やはり、患者様ご自身の歯ですし、治療費を払われるのも患者様ですので、我々の固定観念を押し付けず、患者様が一番納得されるものを作りますので、この試適という作業は大変大切なステップです。場合によっては、我々から見るとちょっと・・・という場合もあるのですが、やはり患者様の希望を最優先いたします。もちろん、不可能な事もありますので、そのときはよく話して妥協点をみつけていきますが。

ただ、自分の思い込みを除いて、やはり誰が見ても美しいという歯並びは存在すると思います。一般的に言われているのが「スマイルライン」というものです。これは、自然に微笑んだ時、上下の唇は軽く開き、両端の口角が上に上がって唇のラインはは真一文字ではなく、ゆるやかな円を描きます。上唇のラインに沿って上の歯が左右対称に少し見えて、歯の先端は下唇に少し触れるような並び方です。また、前歯を正面から見たときの歯の幅の割合もあるのですが、これは専門的になりますので省きます。審美歯科と呼ばれる方々は、このスマイルラインを非常に大切にされます。矯正もそうです。

一番よくわかるのは、「ヨン様」でしょう。「微笑みの貴公子」と呼ばれるように、いつも微笑んでいますが、その口元には、真っ白なきれいに並んだスマイルラインが形成されています。今度、そういう目で口元に注目して見てみて下さい。

その他に大切な事は、歯が左右対称に並んでいること、歯の軸、特に真ん中の2本が傾斜していない事、具体的に言うと、目と目の瞳孔をむすんだ線に対して歯が垂直に並んでいること、上下の歯を結んだラインが上記の線に対して平行な事、極端に前へ出たり引っ込んだりしていない事などです。我々は、これらの項目を総合的に判断して作っていきます。

ここでは、歯の色については述べませんでしたので、次回は歯の色を含めて、最近流行のホワイトニングについても書いて行きたいと思います。

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